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宮城の盆踊りに隠された秘密とは…?

日本の夏を象徴する「盆踊り」。
地域によって起源や変化のスピード、内容がそれぞれ異なるとされていて、その歴史にはいまだ多くの謎が。
宮城県の盆踊りに関しては、実は江戸時代禁止されており、古くは相馬地方の盆踊りを参考にしたとか。
今回は、そんな知られざる宮城の盆踊りの歴史を紐解いていきます。

 

盆踊りが禁止されていた理由って?

江戸時代の仙台藩では娯楽に対する規制が厳しく、相撲や歌舞伎、花火、踊りなどの芸能や娯楽は基本的に禁止されていて、神社の祭礼など、ごく限られたときにのみ許されるものでした。盆踊りも現在のように地域の人たちが自由に楽しむようなものは禁止されていたようです。
その代わりにお盆の頃には「鹿踊(ししおどり)」や「剣舞(けんばい)」といった踊りが祖霊への供養として踊られていました。

 


「鹿踊」は東北地方でも福島・山形・宮城・岩手に限って見られるもので、お盆に祖霊の供養と五穀豊穣を祈るものといわれます。また、「剣舞」は旧仙台藩領の仙台以北と旧盛岡藩領のみで見られ、お盆に祖霊供養としての念仏の踊りです。
伊達政宗も天正15年(1587)7月、21歳の時に重臣・片倉小十郎の家で鹿踊を見た記録があり、古くから踊り継がれ、現在に伝承されてきていることが分かります。(現在では青葉区下愛子の川前、泉区の福岡や上谷刈などに鹿踊と剣舞の保存会があります)

 

仙台の盆踊りのルーツは相馬地方にあり!?

明治時代になると桜ヶ岡公園(西公園)で盆踊りが行われた記録があります。それによると、現在のように地域の人たちが自由に踊るいわゆる『盆踊り』が広まったのは、明治時代以降のようです。しかし上述したように、旧仙台藩では江戸時代以来、歌い継がれるような盆踊り歌がありませんでした。では、仙台の盆踊りで流れている歌はいったいどこの歌なのでしょうか?それを知るひとつのヒントが戦後にありました。この頃、ある有名な歌手が歌い流行した「盆踊り歌」がありました。それが、実は「相馬の盆踊り」だったのです。これがきっかけで、現在の仙台地方の盆踊りでもよく聞かれるようになったのかもしれませんね。


普段何気なく踊っていた盆踊りにもこんな歴史があったんですね。
歴史を知ってから参加すると、今までとはまた違った楽しみ方ができるのではないでしょうか?

 

【ビズプロ編集部】

 

取材協力

 仙台市歴史民俗資料館 学芸員 畑井洋樹
 住所:仙台市宮城野区五輪一丁目3-7(榴岡公園内)
 TEL:022-295-3956
 URL:http://www.city.sendai.jp/kyouiku/rekimin/