HOME > 知る > 誰かに話したくなる!「仙台のお花見の歴史」

誰かに話したくなる!「仙台のお花見の歴史」



仙台市歴史民俗資料館では、4月8日(土)より季節展示「花見」が開催されます。
かつての仙台市民は、どのようなお花見をしていたのでしょうか?
開催前の予習として、学芸員の畑井(はたい)さんと一緒に仙台のお花見の歴史を学んでいきましょう!

昔のお花見は「梅」が一般的だった!?

―そもそも、お花見とはいつ頃から始まったものなのでしょうか?

畑井さん:『日本生活史辞典』(吉川弘文館、2016年)によれば、現在では花見の花は桜をさすことが多いのですが、かつては梅が対象で、花を愛でる風習は奈良時代までさかのぼるといわれます。安土桃山時代には豊臣秀吉が「醍醐の花見」を催しています。その後、江戸時代には江戸(東京)の均衡に飛鳥山や隅田川堤などの桜の名所が成立して、花見は庶民にも定着し年中行事として行われるようになりました。(『日本生活史辞典』参照)

宮城県内では4月8日に「のうがけ」といって山遊びするする地域や、4月の初酉の日に「野(の)がけ」として山に出かけて酒をくみ交わす地域、あるいは初巳の日に山で酒盛りする地域もかつてはあり、この季節に「花見」といって酒や重箱に詰めた料理を持って野山で飲食することもありました。(『宮城県史』21巻「民俗Ⅲ」参照)

 

仙台城下随一の花見場「躑躅ヶ岡」

―昔のお花見は梅の花が中心だったとは…なんだか意外ですね。仙台市特有のお花見文化ってなかなか聞いた事が無いのですが、何かあるのでしょうか?


▲明治30年頃の榴ヶ岡の桜花
 
▲戦前の榴岡公園の桜花

畑井さん:現在の仙台市の中心部である旧仙台城下では古くから躑躅ヶ岡(つつじがおか・現在の表記では榴ヶ岡)が花見の名所でした。

これは元禄8年(1695)に仙台藩4代藩主伊達綱村が生母である三沢初子を追慕するために建立した、榴ヶ岡の釈迦堂(現在のNPOプラザ付近)の周囲に多数のしだれ桜が植えられたことによりますが、このころから榴ヶ岡は花見の名所となり、江戸時代から「四民遊覧の地」(四民とは士農工商の身分をさします)として仙台城下随一の花見場として賑わいました。

当時の様子を描いたとされる屏風絵を見ると、敷物の上で酒肴を楽しむ人たちや酒に酔ったのか肩を組んでいる若侍、花見客を目当てにした屋台もいくつか描かれていて、今とそれほど変わらない花見風景がうかがえます。


―どんな屏風絵なのか気になりますね!なんと、季節展示「花見」では屏風絵(複製)が見られるとのこと。記事を読んで気になった方は是非行ってみてくださいね。
その他にも戦前に撮影された花見風景の絵はがきや、当時の人たちが行楽に使っていた「野掛け弁当」やお酒に燗(かん)をつける携帯型の熱燗(あつかん)の道具などが展示されるそうです。
県内屈指の桜の名所でもある榴岡公園のお花見がてら、歴史民俗資料館に寄って昔の人々のお花見の様子を見てみるのも楽しいのではないでしょうか?


【季節展示「花見」】
■期間:4月8日(月)~5月7日(日)9:00~16:45(入館は16:15まで)
■場所:仙台市歴史民俗資料館(仙台市宮城野区五輪一丁目3-7)
■料金:無料(※ただし入館料がかかります。)

【ビズプロ編集部】
 

取材協力

仙台市歴史民俗資料館 学芸員 畑井洋樹さん
住所:仙台市宮城野区五輪一丁目3-7(榴岡公園内)
TEL:022-295-3956
URL:http://www.city.sendai.jp/kyouiku/rekimin/
入館料:一般・大学生240円/高校生180円/小・中学生120円


この記事のタグ