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伊達政宗の兜に込められた意味とは?

5月5日は「端午の節句」。
男の子のお子さんがいるご家庭では、兜飾りを飾る所も多いのではないでしょうか?
兜といえば、初代仙台藩主伊達政宗の大きな三日月がついたものは印象的ですよね。一体、なぜ政宗が三日月を付けたのか?兜には政宗のどのような思いが込められていたのでしょうか?その真相を、仙台市博物館の酒井さんにお伺いしました。

伊達政宗所用「黒漆五枚胴具足」のヒミツ


 
▲重要文化財 黒漆五枚胴具足 伊達政宗所用 仙台市博物館蔵
※掲載日の5月5日時点では展示しておりません。展示期間については博物館HPをご覧ください。


酒井さん:兜は、頭部を覆う鉢の部分に62枚の鉄板を重ねています。それぞれの板の片端を直角に曲げて「筋」と呼ばれる形を作っており、合計62本の筋がある事から「六十二間筋(ろくじゅうにけんすじ)兜(かぶと)」と呼ばれています。とても丈夫な作りの兜です。
内側には作者である「宗久■(一字不明)」の銘が記されており、この人物は「明珍(みょうちん)」という甲冑師の家の職人と考えられています。

細い月を表した前立は、左右非対称のため実際の月の見え方とは異なります。史料では「半月」と記されますが、『ちょうど半分』の意味ではなく、『満ち欠けの途中』という捉え方なのでしょう。
現在、当館では便宜的に「弦月(げんげつ)」と呼んでおり、また一般に「三日月」と呼ばれる事もあるようですが、どちらも正確には当てはまりません。

前立に月を表した理由については、伊達政宗が誕生した時の話が関連しているようです。政宗の母・義姫が、大日如来という仏様を祀っていた湯殿山の僧侶から祈祷の道具である梵天を授かる夢をみたところ、政宗を身ごもったというのです。大日如来は、太陽と月によって象徴されるため、政宗の誕生後に父・輝宗が伊達家の旗を太陽(日輪)とし、兜の前立を月とするよう決めたそうです。太陽と月を掲げる事で、戦場でも大日如来によって守護される事を祈願したのでしょう。



伊達政宗の象徴とも言える月の前立には、父・輝宗の想いが込められていたのですね。
現在は展示されていませんが、一度は自分の目で見てみたいものです。
仙台市博物館には他にも伊達家由来の品々が展示されていますので、是非その歴史を見に訪れてみてはいかがでしょうか?

【ビズプロ編集部】

 

取材協力

仙台市博物館
住所:仙台市青葉区川内26<仙台城三の丸跡>
TEL:022-225-3074
URL:http://www.city.sendai.jp/museum/
開館時間:9:00~16:45(入館は16:15まで)
休館日:月曜日(祝日・振替休日の場合は開館)

☆施設からのコメント☆
2017年は伊達政宗生誕450年の記念の年です。
当館も10月7日(土)から開催する特別展のほか、政宗関連資料の展示や講座の開催など様々な企画を行っております。ぜひご来館ください。

 
 

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