episode:「食のワンダーランド」ここにあり!

仙台国際ホテル株式会社

常に“本物”を目指し、料理やサービスを提供する仙台国際ホテル。
伝統の味と技を守り、さらなる高みを目指す。

創業の経緯は?

私どものホテルは2007年に42億円もの負債を抱えており、一度会社を精算して再スタートすることとなりました。元々私は東武鉄道株式会社に入社してから、ホテルの立ち上げの仕事を10年近くやっておりましたが、精算準備と新たなホテル立ち上げの為、2007年2月に総支配人に就任しました。まずホテルに来てびっくりしたのは、スタッフの能力の高さです。精算された42億円を1日当たりに換算すると約67万円の赤字。これはどういう事かといいますと、高級な食材を素晴らしく調理して、お客様に振る舞っていたという環境があったという訳なんですよね。私は、この環境の中でスタッフが得た技術こそが財産だと気づきました。ならば、お客様に披露する場面を作らなければならない。こうして、仙台国際ホテルの再建への挑戦が始まりました。

再建の一番の転機は?

2008年2月に行なった「サイ・イエングアン リサイタル&ディナー」ですね。世界的なオペラ歌手であるサイ・イエングアン(※)さんをお迎えして、当ホテルの料理を召し上がっていただこうという大晩餐会を敢行したんです。「素晴らしい音楽は、素晴らしいお酒と素晴らしい料理によって完結する」という信念で、通常のディナーショーとは全く違う、リサイタルの後にディナーを楽しんでいただくスタイルを考えました。晩餐会は16時半から始まり、リサイタル前にはシャンパンとアミューズをお出しします。リサイタルは宴会場の一角を完全なコンサートホールに作り込んで、全席がS席で、臨場感のある会場で本物の歌声を味わえます。その余韻のまま、別会場で晩餐会。会場には毎回のテーマに沿った氷彫刻でお出迎えして、シャンパンで乾杯。その瞬間に再びサイ・イエングアンさんが登場し、ヴェルディの「乾杯の歌」を歌っていただくサプライズ!その後も、当ホテルの技の全てを描きつくしたディナーが続きます。最後のデザートは、オペラにちなんで皿をチョコレートでコーティングしたデザートをお出ししたんですよ。お客様の食べ終わったお皿を見ると、コーティングを削って「ありがとう!○(まる)」「素晴らしかった」などのメッセージが返ってきたのです。さらに翌日にはお客様から花束が届いて、「ヨーロッパのような一夜をありがとう。仙台でこんなことが味わえるとは思わなかった」と。これには従業員も感動してしまいまして、精算業務で荒んでいた心から「自信」というものを取り戻しました。そのぐらい、鮮烈なスタートだったんですよね。
※サイ・イエングアン(崔岩光)…オペラ歌手。オペラ「魔笛」の夜の女王のはまり役として、平山郁夫氏や小澤征爾氏から絶賛され、世界中で活躍している。

より洗練された料理・サービスを提供する為に行った事は?

「サイ・イエングアン リサイタル&ディナー」は、ホテルのビジネスにとっても大きな効果をもたらしました。当ホテルでは、イベントの1ヵ月前に従業員参加の大試食会を行なっています。お客様役とサービス係に分かれ、本番さながらのコース料理を味わい、終わった後に議論を交わします。通常のコース料理というのは、料理人が作りたいものを作っていて、お客様が食べられるかどうかということをあまり考えていないと思うのです。ほとんどの料理人は、お酒とともに3時間かけて自分の作った料理を食べるという経験をしていないですから。私は、それを作り手に経験させたかった。この試食会をやり続けた結果、従業員が素晴らしいと思ったサービスを、普段のご披露宴や宴会の料理、レストランなどにフィートバックしていき、商品開発へ繋げていくというサイクルが出来上がったのです。

「デリカショップ」を始めたきっかけは?

晩餐会などのイベントは限られた人にしか知られていない状態で、一般のお客様に当ホテルの料理をどのように広めていくかという点が非常に難しかったんです。1階にある「コーヒーハウス」では現在料理を出していますけれども、当時はお茶のみ。ホテルに気軽に入れるお店が1軒もありませんでした。当時、東京で「ホテイチ(シティホテル1階の飲食スペースや惣菜・菓子売場)」が流行っていたんです。それを、仙台ではどこもやっていなかったものですから、本格的な「ホテイチ」を仙台に持ってこようと2008年10月に「デリカショップ」をオープンさせました。これが非常に受けがよくて、少しずつ広まっていったんです。そんな中に起きた2011年3月の東日本大震災。震災時は帰宅困難者を一時ホテルで受け入れ、炊き出しをし、1日過ごしていただきました。ホテルは85日間営業できなくなってしまいましたが、少しでも皆様に元気になっていただきたいという思いで、ガスも出ない状態の中、電気だけでパンを焼いて街頭販売を行いました。また、なかなか事業がスタートできないということもあり、震災から1ヵ月後の4月11日に宅配事業「お届けデリカ」を立ち上げました。当時、ガソリンも手に入らなかったので最初は自転車で宅配を始めて。ガスが最後まで通らなかったものですから、東京まで車でカセットボンベを仕入れて、1階のバーを厨房替わりにして、コーヒーハウスでフルコースを召し上がっていただいていたんです。この経験から、今までお茶のみだったコーヒーハウスを、お食事も出していこうと変化していって、現在では朝食もここでお出しするようになりました。

野口さんは「食」が大好きなのですね!

食べ歩き歴30年以上ですから。2012年3月に自分の舌と脚で確かめた店を紹介するガイドブック「杜の都の食べ歩き・街歩き」を刊行、9月には110万円の売り上げを全額宮城県に寄付した事で結構話題にしていただいて、その後、河北新報の朝刊で3日間取材していただいたりなど、このあたりから結構当ホテルの志が仙台に広まってきたような気がします。

最初はいろんな情報を得るために、とにかく本を読み込んだんですよね。フランス料理店ガイドの様な本を買って、単語帳のようにボロボロになるまで読み込んで、片っ端から行き出した訳ですよ。最初はよく分からなかったから、一つ星からおっかなびっくり行って、だんだんと二つ星、三つ星と上げて行きました。いろいろやってきた中で一つ分かった事は、三つ星から行って、そこから引き算した方が早いという事。効率的に全体像を見渡せますし、一番上を知っているともうビビらないじゃないですか。本物と偽物なんかも分かってくる。うちの従業員って僕と食事に行くと、何か美味しいものにありつけるんじゃないかってうるさいんですよ。実際に、そういう面での人との付き合いは多いですね(笑)

メニュー作りに支配人が関わっている事は?

「美味しいお酒と美味しい食をずっと楽しむ」のが私のモットーなんですけれども、臨界点を越えない事が問題なんです。満腹になった瞬間、終わりなんですよね。絶対満腹を越えないように、臨界点を超えないようにというペースで料理を出していかなくてはならない。なので、一通りの料理にグラム指定があるんですよ。食べ終わった後に2次会へ行って、2時間ぐらい遊んでくるとまた小腹がすいたな、と思えるような料理をお出しするというのが私のこだわりです。人それぞれ体格などの個人差があっても、咀嚼の回数で満腹中枢に命令が行って、時間をかけて食べると大半はお腹一杯になるんです。

今後行っていきたい事は?

現在、東京のホテルも兼務しているので、この仙台発のモデルで、東京を変えていくのが私の今の目標です。なので現在、東京へ総料理長も連れて行って全て指導させて。まだ道半ばですけどね。「仙台国際ホテル」のブランドをなんとか作ったのですが、まだまだそれを確実に利益へ変えていく力というのがまだ無い。あまりにもうちの職人が自己実現しちゃうので、やりすぎちゃって全然利益にならない(笑)。自分自身では、ホテルマンとしてやりたいことはやってきていますから、十分満足しています。けれどもまだ自分のホテルを作った事がないんですよ。自分のこれぞというものが1件ぐらいあってもいいかなとは思っていますね。ホテル産業も随分変わりました。私がやっている「食のワンダーランド」というのは、利益に貢献せず、職人の伝統芸のみに頼っている部分があるので、“絶滅危惧種”なんですね。放っておいたら無くなる。今のホテルブームで建っているホテルって、宿泊だけなんですよ。これは利益だけ追い求めて、一切伝統技術の伝承だったりという事が全く考えられていない。どこも効率化で、人件費を抑える事だったりで世の中が動いているので、私もやっぱりその中で絶滅しちゃうのかなっていう所はありますよね、ある意味。なので、ここにいるうちは頑張らなくちゃいけないなと思います。「食のワンダーランド」を、きちんとビジネスモデルとして成立させていかなくてはならないですよね。

最後にビズプロ・クロスをご覧になっている皆様へ

私の理想は、究極の本物を目指して、それがビジネスになればこんなに良い事はないと思っているんです。それが自分の好きな事ならば、これほどの幸せはないですよね。これが、なかなか難しい所ですね。

仙台国際ホテル株式会社
〒980-0021 宮城県仙台市青葉区中央四丁目6番1号
TEL 022-268-1111(代表) FAX 022-268-1122
HP : http://www.tobu-skh.co.jp/