episode:「自然と人のつながりを描く「蒼天伝」

株式会社男山本店

気仙沼の素晴らしい自然を見事に表現した地酒「蒼天伝」。
多くの自然と人に鍛えられ、支えられ、100年余りの年月
気仙沼の地で酒造りを続けてきた。

創業のきっかけを教えて下さい。

創業は1912年(大正元年)11月11日です。創業当初から変わらず気仙沼市入沢(いりさわ)の酒蔵で酒造りをしています。曽祖父が創業して、私で4代目になります。酒屋の成り立ちって何パターンかあると思っているのですが、1つは酒屋さんが内陸の方にあって、周りが田んぼで、米がいっぱい採れるので、その米を使ってお酒を作ろうというパターン、2つ目は藩政時代に産業政策の一環として酒を造って売りましょうという藩の御用商人として発達したパターン、3つ目は神社の御神酒を造る酒屋として発達したパターン、うちはこのいずれにも該当しないんです。気仙沼ではちょうど明治時代の頃から港が発達して、それまで手漕ぎだった船がエンジン化していったり、港に出入りする漁船も多くなってきて、その人達に供給する酒屋が必要になってきたんです。簡単に言うと、そこに市場があったからというのが創業のきっかけなんですよね。だから町の盛衰というのがものすごく自分達の運命と関わっていて、当然町が廃れてくればと売上もどんどん当然下がっていってしまう、そういう関係性を持っているんですよ。だから我々は地域というものを大事にしなきゃいけないし、この地域の発展なくして我々の発展はないんです。もうこれは一つの天命の様なものだと思っています。酒造りの技術は岩手県花巻市近辺の南部杜氏(とうじ)を呼んで教わりました。内陸にある南部杜氏の味が浜の味に合ったのかというと、浜の物を食べて酒を造るという環境になると、自然にお酒は浜の味になっていくんです。造り手の食生活によって変わります。酒の味はその土地が使う米、水、環境、人の技、さらにその土地に住む人によって味が左右されるんです。やはり食べる物に合わせる訳ですから、気仙沼ではカツオやサンマを食べながら酒を飲む訳だから、それと全く合わない味を我々が造り出してしまったら、絶対おいしくはなりません。だからその土地に住んでいる人達の声って非常に大事で。ただ時代で嗜好も変わっていきますから、そこは蔵元が判断して、情報収集をしながらきちんとした味を造っていく事が大事になってくると思います。

「蒼天伝」開発のきっかけは?

創業以来造り続けている銘柄「伏見男山」が京都のお酒と間違われてしまったりと分かりづらく、さらに『男山』が付く銘柄が全国で10件近くありまして、他の所と混同してしまうという事があったので、何とか気仙沼を表現するものに変えようというのが開発の大きなきっかけです。併せて味わいも、自分達で気仙沼を発信していくためのお酒として、「これが気仙沼の味だ!」という味わいを出していこうと、今からおよそ15年前に「蒼天伝」の開発が始まりました。まず、最初に名前から付けたんですよ。気仙沼の自然の素晴らしさをお酒に込めて表現しようと、「青い空と海の物語」という意味で『蒼天伝』と名付けました。

お酒を造る上で苦労した点は?

「蒼天伝」の味作りのチャレンジが始まったものの、最初の5年位は失敗の繰り返しで、なかなか思うような味が出せませんでした。「蒼天伝」という名前であるからには、やはり爽やかさが無いといけない。なおかつ味わいがあり、香りは抑えめに。これがなかなか厳しかったんです。最初は爽やかさや透明感よりも、うまみの強さにこだわってしまい、甘ったるく重いお酒になってしまったり。5年位経ってからだんだんと味が見えてきたんですよ。その頃に杜氏が鎌田勝平(かまたしょうへい)さんに変わった事で、爽やか、かつ穏やかな香りもあって、重さにならないうまみがあってキレも良いという、ちょうど狙っていた味が出てきたんです。「これならいける」という自信を持ったのが今から10年前ですかね。

「蒼天伝」をどのように広めていったのですか?

2007年(平成19年)には「蒼天伝」のラインナップも広がり、少しずつ味も整ってきたので、地元気仙沼の人達に知ってもらおうと、「蒼天伝」と地元の食材を使った料理を楽しんでいただく「蒼天伝おいしんぼ会」を始めました。これがみなさんに多く関心を持っていただいて、毎年定員を遥かにオーバーしてしまって(笑)誕生して間もないブランドでしたので、まずは地元でPRしてしっかり覚えてもらおうと、「蒼天伝」と相性の良いカツオが水揚げされる6月の第3日曜日の「父の日」に、2010年(平成22年)まで計4回開催しました。しかし東日本大震災の影響で、2011年(平成23年)以降は開催できなかったのですが今年、2015年(平成27年)6月に復活させていただきました。まずはお世話になった地元の方に向けて、震災後に取り組んできた事などの報告もさせていただきました。今後は、今まで県外からご支援いただいた方にも感謝を込めて「蒼天伝おいしんぼ会」を開催していきたいですね。

手ごたえを感じた瞬間を教えて下さい。

2013年(平成25年)頃に杜氏が鎌田さんの後を引き継いだ柏大輔(かしわだいすけ)に変わったんですよ。しっかり鎌田さんと同じようなイメージのお酒を引き継いでくれましたし、こんな賞見た事ないという位多くの賞を受賞して。さらに2014年(平成26年)は全品にわたって受賞したんですね。それで本格的に「蒼天伝」は良いお酒の域に達しているな、というのを手ごたえとして感じました。

東日本大震災当時、どのような状況でしたか?

海沿いにあった本社(小売店舗併設)と資材倉庫が全壊、瓶詰めラインが一部浸水してしまいました。幸い酒蔵(さかぐら)は全く被害は無く、発酵中のお酒がタンク2つ分あったので、それを守ろうと翌日の3月12日から営業を再開しました。しかし電力も無く、ほとんどの機械が使用出来ない中、電気を必要としない温度計で見た目と感覚だけで温度や糖分を測りながら作業しました。最終的に通電したのは4月1日だったので、その間は本来何も出来ないはずなのですが、大型発電機を貸してくれる方やそれを運ぶ車、動かすための燃料の供給や通電など、多くの地元の方々の協力もあり、3月22日に1本目、3月24日に2本目の酒を搾ることができました。

今後行なっていきたい事は?

やはり地元があっての我々なので、これからも気仙沼を中心としてやっていきます。ただ、それだけではなく外にも気仙沼の味を届けていく事をやっていきたいですね。震災の時にたくさんの方から励ましのお手紙をいただいたのですが、その中には震災前からうちのお酒を飲んでいただいていたお客様もいらっしゃるんですよ。手紙をいただいた事により飲み手の顔が見る事が出来るようになったので、目に見える方とのつながりのある所にきちんと売っていきたいと思っているんです。やはり顔の見える相手と、しっかりと組んで商売していきたい。今は百貨店や酒販店などでお客様に直接説明しながら販売する事に力を入れています。これからも、こういった取組は多くしていきたいですね。

ビズプロ・クロスをご覧になっている皆様へ

まだまだ気仙沼も復興途上でこの先どうなっていくか分からない中ですけれども、男山本店のお酒は、気仙沼の人達に育ててもらって、鍛えてもらって、そして守ってもらったお酒だと思っていますので、我々はお酒を通して気仙沼を発信していく事が使命だと思っています。それを是非皆さんにも届けていきたいなと思いますね。

株式会社男山本店
〒988-0083 宮城県気仙沼市入沢3-8
TEL:0226-24-8088 FAX:0226-22-3037
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