episode:自然の恵みから生まれた「かき殻漆喰壁」

株式会社菊池技研コンサルタント
水産バイオマス事業部

廃棄処理が問題となっていたかき殻を利用し、人に優しい「かき殻漆喰壁」を開発。
幼・保育園や介護施設、病院など多くの公共施設での活用が期待される。

設立のきっかけを教えてください。

高校では土木関係を勉強しました。卒業してすぐに東京に就職先があったので出ていったのですが、事情があって岩手に帰ってきました。高校在学中に測量士補や土地家屋調査士などの資格を取得していたので、1954年(昭和32年)19歳の時に土地家屋調査士の登録をし(未成年者が法律行為をする場合親権者の同意書が必要)事務所を開設して仕事を始めました。それと、生まれ故郷の岩手県江刺(えさし)市(現奥州市)で、たまたま村役場から測量や登記関係の仕事の嘱託職員になってほしいと要請され、自分の仕事と役場の仕事の二足の草鞋で夢中になって一生懸命働きました。しかしどうしても学校で習った土木の設計と施工を体に叩き込みたいという思いがあって、1957年(昭和32年)に大船渡市の小さな建設業者に入り、それからはいろんな苦労をしながら技術もちろんのこと、営業から経営と大変勉強しましたね。『鶏口となるも牛後となるなかれ』ということわざがありますが、それに似た様な経験が今の私に繋がっているのかなと思います。1963年(昭和38年)、28歳の時に測量士、建築士、土地家屋調査士などを基軸に「菊池測量設計事務所」を創業したのが現在の会社の始まりですね。最初はもちろん、私一人で裸一貫、無一文から始め、次第に仕事も増え社員も増えてきました。そのような過程の中、最初の10年程は経営が苦しかったですよ。

かき殻漆喰壁「海と太陽のめぐみ」開発のきっかけは?

私は大船渡商工会議所の役員を30年以上やらせて頂いています。市の基幹産業は水産業です。その水産業の一つの悩みとして牡蠣殻の処理の問題があったんですよ。牡蠣殻は水産廃棄物という事で法律では普通に廃棄することが出来ないんです。そこで大船渡市、県出先の振興局、岩手大学、大船渡会議所等でコンソーシアムを組んで、牡蠣殻の有効活用について3年の期間で研究を始め、ついに壁材に活用する事が出来る成果を得ることが出来たんです。
私は会議所の役員という立場で参加しておりました。研究成果が出ましたが、そのままでは何の意味も無いわけですよね。コンソ-シアムの中でビジネスプランがありましたが、誰が手を付けるか?そんな中で、私も多少この研究に携わったし、建築士という立場からも興味を持っていた事などが手を付けるきっかけとなったんですね。それからが大変な道のりでした。まずは、これを実用化するためには実証しなければならない、そこで岩手大学と共同研究の契約を結び製造工程を探り、製造を何度も繰り返し品質の均一性を確かめ、施工についても何度も試し塗りをして少しずつ確かなものへと進めたんです。さらに民家をモデルとして実験に協力いただき、左官工事を5軒ほど施工し、自信をつけました。これらの材料製作は、実験用の器具を大学から借りて手作業での製作だったんです。3年かけて牡蠣殻漆喰材の製造、施工方法の基本が確立したので、いよいよ2010年(平成22年)に古い空ドック(築造施設)を工場として借りることができ、原材料の牡蠣殻なども大量に工場内に運搬貯蔵し、いよいよプラント(機械)の製造を県内業者に依頼しました。それが2010年の12月頃だったと思います。まだプラントの具体的構想が出来ていない中、2011年3月11日あの忌まわしい東日本大震災に襲い掛かられ、一瞬にして大津波に飲み込まれ全てを流失してしまったんです。ただ唖然とするのみでしたね。本社社屋も付属建物も被災に遭い、それらの復旧に全力で取り掛かりました。もちろん牡蠣殻漆喰のことなどは考える余裕などは、あの当時は全くありませんでした。それから1年ほど過ぎて、頭に余裕が出てきたのか牡蠣殻漆喰のことが浮かんでくるようになり、このままで良いだろうか?またやり直すべきか?このままだと幻の牡蠣殻漆喰になってしまう、いろいろ考えた末に「幻の漆喰」にしてはならないと一念発起し、また一から始める事にしたんです。しかし機材もデ-タも無く人手は災害復旧業務の方に掛からねばならない状況、社員たった2人だけで知恵を絞り、工夫しながら漆喰作りが始まりました。作業場所は本社の土質試験室の一角を使用することにしました。原料の牡蠣殻も津波に流されてしまったのですが、島影のある1ヵ所に、浸水したものの150キロほど牡蠣殻があり、これを使うことが出来たんです。製造に一番大事な機材である高温で焼成する「炉」は岩手大学から試験用の炉をお借りして、ひとまずは凌ぐことが出来ました。その後は陶器を焼く窯を調達し、以前より多い量の製造が出来るようになりました。

2012年(平成24年)の秋頃、東京の建築設計会社NIIZEKI STUDIO(ニイゼキ スタジオ)さんから突然の電話をいただきました。「来年春に仙台に、秋に広島に建設する11階建てのワシントンホテルの設計コンペに牡蠣殻漆喰を織り込みたい」という事だったので、すぐ了解を伝えました。その後コンペが最優秀ということになり、それに向けた供給体制を急がねばならない、時間的に非常に厳しかったのですがプラントが出来るまで、手作業で製造を行い、一方ではプラントの立ち上げに取り組んだのです。敷地を借りて工場を建設し、製造機械の発注等を進めていきました。しかし、そこで大きな問題にぶち当たりました。それは、製造機械制作上の問題です。牡蠣殻という特殊な材料の品質を保ち、加えて当社の要求する機能を満たす機械の製作は、一台一台を何度も製造試検を繰り返しながら作り上げるという時間と月日が掛かりました。そしていよいよ2015年(平成27年)4月、全ての製造する環境が整いました。
振り返ってみますと、仙台・広島のワシントンホテルの仕事が、この事業を再開させるための背中を押してくれたものでした。現在は販路開拓にある指導機関の指導を受けながら進めておりますし、県内に名の通った建材販売会社2社を卸問屋にお願いし、販売に努めています。

「海と太陽のめぐみ」の特長を教えてください。

牡蠣殻は微細な孔が無数にあります。多孔質なので湿気や臭い、浮遊する化学物質等を吸着してくれるんです。その吸着した物質等を光触媒が分解し、半永久的に持続することが研究の結果で解りました。この壁材の構成材料は、高温で焼成された「牡蠣殻粉末」、光触媒の「酸化チタン」これらを繋ぐ役目の麻繊維を小細にした「麻すさ」、糊の役目の海藻「角又(ツノマタ)」の4種類の自然素材を使用していますので安心して使っていただけます。
最近の建材や家具などは化学物質が含まれたものが多く使用され、さらに高気密高断熱の室内空気はこれらの化学物質などに汚染され、そこに住む人の健康に悪影響を与えるようになります。それを防護するために開発されたのが「海と太陽のめぐみ」です。特に幼児や高齢者のような弱い人の生活する保育園や幼稚園や、医療機関老人ホ-ムなどの環境施設に使用していただきたいですね。

今後行なっていきたい事は?

水産物で廃棄されてしまう物を調べて有効に活用する事、あるいは邪魔者にされる物などを生かすような事を、今やっている延長線でやりたいと思っています。例えばウニの殻は植物の育成に良いと昔の人は言っていました。これを分析研究し、使いやすい肥料にするとか、海のギャングといわれるヒトデも同じように、肥料や家畜の飼料などいろいろな用途が考えられます。このように、廃棄物の有効活用による様々な商品を生み出していきたいと思っています。また、水産物のみならず他の捨てられる物に命をあたえ世に出すことをやっていきたいと思います。

20年後、どのような会社になっていると思いますか?

廃棄物の有効活用による商品開発を発展させ、国内はもちろん、海外に進出し活動すると思います。とりあえずは現在、中国上海進出をタ-ゲットに考えています、それは25年前からの付き合いの企業が4社あり、5年ほど前に「海と太陽のめぐみ」をPRして来ました。正規に製造できたら応援すると言ってもらっています。今年はこの事で中国に行ってきたいと考えています。

ビズプロ・クロスをご覧になっている皆様へ

当社の事業に興味をお持ちの方、企業様と是非お話をしたいと思っていますし、当社の商品の販売代理店になって頂ける人、企業様がおられましたら募集しておりますので、お気軽にご連絡ください。

株式会社菊池技研コンサルタント 水産バイオマス事業部
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